真正仏舎利を本尊とし、釈尊直税の成仏法を修行する阿含宗関東別院

阿含宗と東海本部

  • 2017年06月6日

阿含宗は日本国内だけではなく、世界各地にも多くの信徒を抱えています。阿含宗は北伝仏教・南伝仏教・東伝仏教という、仏教の全系統を綜合した「完全仏教」の教団です。したがって南伝仏教を奉じるスリランカ、ミャンマー、タイの各仏教界をはじめ、東伝仏教を奉じるブータン、チベットの各仏教界からも高く評価されています。

また釈尊の教法を伝える唯一の経典、『阿含経』を依経(依りどころとなる経典)とし、世界各地で社会慈善活動・教育支援活動を推進していることから、世界の仏教界だけでなく、キリスト教やユダヤ教などの宗教界や各国政府からも高い評価を得ています。

阿含宗は釈尊の成仏法を奉持している仏教教団ですから、その成仏法によって自らの運命を転換したいと願い、入行(にゅうぎょう。修行に入ること)する人が日本および世界各地におります。世の中には、修行を否定する仏教教団もあります。しかし、釈尊の直接の教えに基づけば、因縁解脱・成仏を獲得するためには、修行を欠かすことはできません。

そもそも釈尊はいくつかの修行法を説かれました。釈尊のご在世当時は、出家の修行と在家の修行は分けられていました。これは当時の社会状況を考えれば、至極当然のことと言えるでしょう。日々の生活に追われ、読み書きもままならない民衆が、高度の修行を行うことは非常に困難だったからです。そこで、釈尊は在家の人に対しては、在家の人の状況に合致した修行を授けました。

しかし、現在はどうでしょう? 僧侶が知識階級で、在家はそれよりも知識的に劣るという過去とは違い、在家・出家も分け隔てなく、高度の教育を受けられる、というのが現代です。そのような時代に、僧侶だけが修行し、在家はそれに従う、という在り方でよいのでしょうか? それで本当に人々は向上し、社会は良くなるのでしょうか?

もちろん、専門に仏道を歩む僧侶と、仕事をし、家庭を持ちながら修行する在家とでは、違う部分も当然あります。しかし、在家でも高度の修行ができる時代となっております。また、在家の人が真の仏教の高度な修行を行い、それによって得られる智慧や高度の霊性を社会活動に生かすならば、どれほど素晴らしい社会が実現するでしょうか?

阿含宗では、釈尊が説かれた出家・在家両方の修行を統合し、在家の人でも段階を経て無理なく高度の修行へと入っていけるシステムを編んでおります。具体的には礼拝供養から入り、積徳行や心解脱行で心身を清め高めて、瞑想、滝行、護摩行へと入り、最高度への修行へと至ります。

東海地域にもたくさんの阿含宗信徒がおり、日々、自分の状況に合わせた修行を行っております。その活動拠点が名古屋市中区の「阿含宗東海本部」です。名古屋市は日本における三大商業圏の一つで、その中心街とも言える中区は交通至便な場所でもあります。

また、東海本部管轄の道場として、同地域には浜松道場・岐阜道場・豊橋道場・三河道場(岡崎市)・三重連絡所(四日市市)があります。これらの本部・道場・連絡所は、他地域の本部・道場等と新アゴンネットワークシステムによってつながれており、本山や主要本部での法要・行事にも、地元に居ながらにして参加することが可能です。

阿含宗が奉じる真の仏道修行に関心のある方、運命を変えたいと思われる方は、阿含宗東海本部までご連絡ください。